浅草寺

 お気に入りで登録しているブログで浅草寺の大開帳が話題になっているので、
私も行ってみました。浅草寺本堂落慶50周年記念で10/15-11/16まで
大開帳が行われています。昨日買ったばかりの靴を履いて出発です。

   雷門
                   雷門

  仲見世  宝蔵門
        仲見世                  宝蔵門

 平日でも賑わっています。休日はもっと込んでいるのでしょうね。

     大わらじ     五重塔
         大わらじ               五重塔

 26日に10年ぶりに奉納され掛け替えられた大わらじです。

            本堂
                    本堂

 3本の開帳塔婆が立てられていて、お手綱に触れて観音さまとのご縁を結びます。

 1両300円の記念小判をゲットし、浅草奥山風景へと向かいます。                   
浅草寺西側は、江戸の昔「奥山」と親しまれた盛り場です。江戸を継承する技と味が勢
揃いしています。印傳て鹿の皮に細工したものなのですね。初めて知りました。

 大絵馬寺宝展と庭園拝観が300円なので入ってみました。
普段は見ることのできない浅草寺に奉納された絵馬などを今回特別に見ることが
できます。あの鈴木其一の絵馬もありました。五輪塔の解説もありこれ覚えられな
いのよね。と梵字の読み方のメモをとる熱心なおばあちゃんもいました。

 外に出ると、伝法院と小堀遠州が作庭したと伝えられている池泉回遊式庭園を観
てまわりました。
  
   伝法院と庭園
                伝法院と庭園


 紅葉の頃きれいだと思うけれど入園できるのは今回だけなのかしら。

             ツワブキ
 
 天祐庵の側の池の畔にツワブキが咲いていました。

 帰りは9/14ー11/16期間限定の浅草・両国間の水上バス(200円)に乗り
両国に出ました。吾妻橋から船が出ます。

             火の玉オブジェ
             アサヒビールの火の玉オブジェ

             吾妻橋
              吾妻橋   船尾より
       
             駒形橋
              駒形橋   船尾より

             厩橋
              厩橋    船首より

             蔵前橋
              蔵前橋   船尾より

 足も痛くならずにいい日でした。

 
スポンサーサイト

名人たちの仕事展 津軽こぎん

 渋谷駅・東急東横店の名人たちの仕事展(10/23-29)で、津軽こぎん

出展されているので、買い物の帰りに寄ってきました。


津軽こぎんもいろいろな店があるようで、今回の出展は青森こぎん製作所です。

根付けやがま口、巾着などの小物から、バックや半纏や帯などもあります。店番

をしている佐藤美奈子さんが座っている座布団カバーも津軽こぎんのようでした。

佐藤美奈子さんが青森こぎん製作所の代表だったのですね。家に帰ってから知り

ました。実家の母と同じ位の年齢と思われるのに東京まで出てきてお仕事をされ

ていてすごいです。


 私が昔、青森市に住んでいることを伝えると、青森談義で盛り上がりました。私が

住んでいた頃は、三内丸山遺跡もまだ発見されていなかったし、青函連絡船で函館

に行く時代でした。青森県立郷土館も棟方志功記念館も青森県観光物産館アスパム

もありませんでした。何もない時代に住んでいたのですね。


 記念に巾着を1つ買い求めました。裏はアスパムをデザインしたものだそうです。

青森こぎん製作所 1

青森こぎん製作所 2




 
 



tag : 津軽こぎん こぎん刺し

安政5年コレラ大流行

 11月3日実施の検定までカウントダウンが始まりました。今月のフェリシモの
津軽こぎんはお預けにして勉強中です。

 
江戸博覧強記 上級編 (江戸文化歴史検定公式テキスト 上級編)江戸博覧強記 上級編 (江戸文化歴史検定公式テキスト 上級編)
(2007/06/23)
江戸文化歴史検定協会

商品詳細を見る


 しかし、テキストを読むとすぐ眠くなります。いくら時間があるといっても、こうい
う本を読む集中力は、限られます。自分のためにも貼り付けたパーツの日本史
クイズをしてみたり、自分のノートを見返してみたり。このノート、テキストのレジ
メを作ればよいのでしょうが、膨大な量なのでとてもそんな気になれず、自分で、
気に入ったところや興味のあるところをメモしているものです。

 「安政5年(1858年)江戸にコレラが流行
  広重、梁川星巌、鈴木其一、市米庵など多くの有名人が死亡」
                     河

とあります。広重とは「東海道五十三次」で有名なあの歌川広重です。
鈴木其一、最近聞いた名前だけれど誰だっけ・・・。
そうだ。「大琳派展」に行って、ブログにも名前を出したのにもうあやふやになっ
ている。月見草の記憶力もたいしたものです。

 日本でコレラが初めて流行したのは、文政5年(1822)9月。この時は、西国
だけだったそうです。
次は安政5年(1858年)です。日米修好通商条約が結ばれた年です。中国経
由で入港中の米軍艦のペリー艦隊の4船のうちの1船のミシシッピ号の乗務員
にコレラの患者がいたため、長崎市中でコレラが発生し、8月には江戸でコレラ
が大流行し、10万人とも26万人とも死者が出たといいます。(もっとも数万人と
いう説もあるのですが。)船からコレラで亡くなった乗務員を海に投げ捨てる光景
が浮かぶのはどうしてでしょう。

 
見る、読む、調べる 江戸時代年表見る、読む、調べる 江戸時代年表
(2007/10/06)
山本 博文

商品詳細を見る


この本によれば、9.2 京都 梁川星巌コレラで急逝(70)
     江戸   9.6 歌川広重、コレラで没(62) となっているのですが、
鈴木其一や市河米庵については、書いてないし、ネットでもはっきりしないので、
私はどこからメモしたのでしょう。出典をきちんと書かないとこういう時困ります。

 安政5年は7.6将軍徳川家定没(35)
        8.8将軍徳川家定の喪を発し、家茂が将軍を継ぐ。

この年は大変だったのですね。

 3年前の安政2年(1855)10月2日は安政の大地震が発生し水戸学者
藤田東湖が母をかばって圧死。小石川後楽園内に碑があるそうです。


 2004年10月23日 4年前の昨日、新潟中越地震だったのですね。
      亡くなった方々のご冥福をお祈りいたします。

秋の日の散歩

 いいお天気なのに家にいるのは、もったいない。と散歩道さんのブログを見て

家の近くを散歩してきました。

  モンシロチョウ アカタテハ?
      モンシロチョウ            アカタテハ?

 せっかくチョウを写真に撮ろうと思ったのに同じような色の花の所にいるので

うまく撮れません。そうか。自然ってすばらしい。敵に目立たないように保護色となって

チョウは生き延びたのね。

 アゲハの幼虫
 アゲハの幼虫をみつけました。このアゲハは、今年チョウになるのかしら。

それともさなぎで冬を越すのかしら。

 アオスジアゲハ
            アオスジアゲハ


 赤い花

 この花の名前はわかりません。午前中買い物に来たときは、もっと咲いていた

ので、一日しか花がもたないようです。

< 追記 > ハゴロモルコウソウ(別名モミジバルコウソウ) ヒルガオ科のようです。

 さざんか 1 さざんか 2

 けいさんのブログの写真は白いさざんかでしたが、うちの家の近くでもさざんかを

見つけました。これは、ピンク色をしています。

 みかん

 庭にみかんがなっている家がありました。散歩をするといろいろなことを発見します。





江戸東京博物館

日記といいながら、その日に記事をアップする技量はないので、ブログの名前を

変えた方がいいのでは、と思うこの頃です。


 大琳派展に行った翌日、江戸東京博物館ボストン美術館浮世絵名品展

行ってきました。両国駅の西口にあり、何回か行った事があります。

  江戸東京博物館

アメリカのボストン美術館には、5万点といわれる浮世絵版画と多くの版本・肉

筆画が収蔵されています。一昨年は、「 ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展

江戸の誘惑」で筆と絵の具で描かれた肉筆浮世絵が紹介されましたが、今回

は、浮世絵版画が中心となっています。


  第1章 浮世絵初期の大家たち
  第2章 春信様式の時代
  第3章 錦絵の黄金時代
  第4章 幕末のビッグネームたち

と展示されているので、浮世絵版画の歴史を楽しみながら学ぶことができました。

それにしても鈴木春信が描く女性は、なんて細くて華奢(きゃしゃ)なんでしょう。

若いから、細いのか、美人だから細いのか。ため息が出ます。


 今回は、常設展も回ってきました。ガイドボランティアをお願いすると、解説をして

もらえますが気の短い私は、頼んだことがありません。私よりも10歳も20歳も上

と思われる方もガイドをされています。英語やフランス語で説明をされている方もい

ました。

  寛永の町人地
               寛永の町人地


  お産の風俗
                お産の風俗

 今回の展示で一番印象に残ったのは、町の暮らしのコーナーのお産の風俗でした。

千の命千の命
(2006/06/08)
植松 三十里

商品詳細を見る


最近知った作家 植松三十里(うえまつみどり)の「千の命」で産科医のさきがけと

なった賀川玄悦の小説を読んだすぐ後だったので興味深く見ました。

 江戸時代の出産は、一般には座産で、産婦は天井から吊り下げた綱や介添人を
支えにして子供を産んだ。生まれた子には産湯をつかわせるが、このとき産婆はた
らいの前に腰をかけ、赤児をうつ伏せにして両足にのせ沐浴させた。これはへその
緒の切り口に湯がかかるのを防ぐためと、背中は五臓を宿す大切なところであるた
め眼を離してはいけないという中国の説によるためだという。一方、産婦の方も、頭
に血がのぼらないようになどとの俗説から、産後も産椅や積み上げた布団によりか
かり、座ったまま七日七夜過ごさなければならなかった。そのために健康をそこねる
ことも少なくなかった。

と解説がありました。


  絵草紙屋
               絵草紙屋
 

  三井越後屋
              三井越後屋

 何回行っても新しい発見がある江戸東京博物館です。



  

 





 





tag : 江戸

大琳派展

 先日、上野の東京国立博物館で開催されている大琳派展へ行ってきました。


2008年は江戸時代の芸術家尾形光琳が生まれて350年目にあたります。

百聞は一見にしかず。洗濯物を干したら、江戸検の勉強もかねて、出発です。

 大琳派展

   本阿弥光悦・俵屋宗達
    尾形光琳・尾形乾山
    酒井抱一・鈴木其一

 日本史の教科書や資料集で一度は名前を聞いたことがあるものの、どこか

ピンとこなかった琳派の流れがおぼろげながらも理解できたのは収穫でした。


 本阿弥光悦は、徳川家康から京都の鷹ヶ峯に土地をもらって芸術家を集めて

芸術村をつくった人。今でいうアート・コーディネーター、ディレクターとしての才能

が高く評価されています。

「舟橋蒔絵硯箱」   初めて見ました。一見の価値ありです。

「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」  俵屋宗達が鶴を描き、本阿弥光悦が和歌を筆で

したためています。光悦は、「寛永の三筆」の一人と称されているのです。ちなみ

にあとの二人は、近藤信伊と、松花堂弁当で有名な松花堂昭乗です。


 尾形光琳は、本阿弥光悦と血縁関係のある京都の富裕な呉服商雁金屋尾形宗謙

の次男。尾形乾山は三男で二人は兄弟なのです。父が亡くなり、膨大な遺産を相続

しましたが、派手で社交的な生活のため経済的に苦しくなり、光琳は画家として身を立

てることになったそうです。江戸では、豪商冬木家や大名の津軽家に出入りし酒井家か

らも扶持を得たとか。


  酒井抱一は、直接の弟子ではないけれども光琳に傾倒し、「光琳百図」や「尾形流略

印譜」を出版し、光琳を顕彰しました。光琳の「風神雷神図屏風」の裏に「夏秋草図屏 
     
風」を描いたのもそのあらわれだそうです。


 私が行ったときは、4枚の風神雷神図のうち俵屋宗達と酒井抱一のは見ることはでき

ませんでしたが、楽しめる内容でした。


   大琳派展

        クリックするとHPにリンクします。






     


 
 







駅伝シーズン到来

 昨日は、体育の日。

お天気にも恵まれて、スポーツを楽しんだ人も多かったと思います。

ここ何年かの私の楽しみは、駅伝のTV放映をみること。

自分の子供たちと同じ位の若者が、頑張っているのを見るとエネルギーを

もらえます。昨日も出雲全日本大学選抜駅伝をTV観戦しました。

 結果は 優勝  日本大学
       2位  駒澤大学
       3位  第一工業大学

 詳しい結果は出雲全日本大学選抜駅伝に載っています。


 それにしても日大のギダウ・ダニエルの追い上げはすごかったです。

1分29秒差があったのも何のその、8キロ過ぎに駒澤大をとらえてしまいました。

一昨年のメクボ・ジョブ・モグス(山梨学院大)の記録を抜いて区間新。


 昨年優勝校の東海大は6位。アンカー佐藤悠基は、日本人としては、区間1位。

全体では4位なのでまあまあか。東海大は、今週土曜日(18日)には、箱根駅伝

予選会に出場しなくてはいけません。お正月に走る姿を見たいから、予選会勝ち

抜いてね。と応援メッセージを送ります。

tag : 駅伝

花札 赤短

 私が小学校の頃実家でよく花札をして遊びました。むろん家族で楽しむ

花札なので、実に健全です。下の子が、幼稚園の頃になると、我が家でも

花札を買って家族で楽しむようになりました。


 出来役で赤短というのがあります。松・梅・桜の短冊で、赤い短冊に字が

書いてあるものをそろえると、点数になるのです。

       赤短

桜の短冊に「みよしの」と書いてあるのはわかるものの、何で松と梅が

「あのよろし」なのか小学校の時から不思議に思っていました。その謎が

kotokoto035さんのブログを読んでいて解けました。「の」と見えるものは、

変体仮名の「か」なので「あかよろし」だというのです。確かに札をよく見ると

「の」ではなく「可」をくずしていることがわかります。

 
 それにしてもこの下の子、私がちょっと留守をした時に女の子を家に呼んで

花札をして遊んだのには参りました。自分が覚えたての花札を得意になって

教えたというのです。引っ越したばかりだった頃のことです。この女の子のお

母さん、びっくりしただろうな。








護国寺

 皇居東御苑に行った翌日、池袋に用事で出かけることになりました。
天気もよかったので、思い切って護国寺まで足をのばしてみました。
知らない道なので、地図で見るのと違い、遠く感じます。

 護国寺は、5代将軍綱吉が、生母・桂昌院の発願に応じて天和元年(1681)
に造営しました。

 護国寺 仁王門

 護国寺の仁王門です。

 
 不老門

 石段を登った所に見えるのは、不老門で、昭和13年(1938)の建立です。
右側にいくと、富士塚に行きます。ちょっと小高くなっているけれども、何だろうと
思いながらも、素通りしてしまいました。帰ってから知りました。うーん残念。

 観音堂(本堂)

 これが、観音堂(本堂)です。元禄10年(1967)に建てられました。
外国人の団体さんが、見学に来ていました。

 薬師堂の裏の方へ回ったら、面白いものをみつけました。
 
 音羽講中 庚申塔

 庚申塔です。台座の上に片膝立てて座った3匹の猿が両手で塔を支えています。
「音羽講中 庚申塔」と書かれた案内板によると、
庚申信仰は、庚申(かのえさる)の夜(60日毎)講の当番の家で、般若心経を
唱え、なごやかに夜を過ごす風習があった。寝ると体内の三尸(さんし)の虫が
抜け出て天帝にその人の罪を告げ早死にさせるといわれていて、
門前の音羽通りの人々が金銭を出し合って建てたようです。天明5年(1785)の
銘があります。

 弘法大師を祀ったという大師堂の側で金髪の外国人の女性の方が一眼レフで
ネコの写真をとっていたので、私もシャッターを切りました。観音堂の裏で、ネコの
写真を撮ろうとするものの逃げられてしまい、やっと撮ることができました。


 かまきり(コカマキリ)    ねこ


 「日本語でなんと言いますか。」と尋ねられたので、「かまきりです。」と答えました。
きれいな発音の日本語でした。コカマキリは大人になっても小さいのですね。
かまきりとじゃれているネコの写真は、シャッターチャンスが難しいです。

皇居東御苑 その2

 皇居東御苑の続きです。

茶園のそばにあるヤマボウシ(ミズキ科)。
初めてみる実なので、シャッターを切ります。
 ヤマボウシ


                           次は天守台

                 天守台

               江戸城天守閣は、3回建てられた歴史を持っています。
               これは3回目の寛永の天守閣が、明暦3年(1657)のいわゆる振袖
               火事で天守閣が焼失した翌年、加賀前田藩によって築き直された土台。
               天守台ができ上がったところで天守閣建設は、延期され、その後再建
               されることはなかったのです。


 桃華楽堂

            桃華楽堂(とうかがくどう)

 香淳皇后の還暦を祝して建設された音楽堂。
テッセンの花の形を模しているそうです。奥の楽部から、雅楽の演奏が聞こえます。


             汐見坂

             汐見坂です。このあたりから海がみえたといいます。
             今はビルばかり。石の積み方が変わっていたので写真に撮りました。


 ニの丸庭園

 二の丸庭園。写真は二の丸池の石灯籠です。
ハナショウブの頃は、さぞ人出が多いことと思います。

 大奥前の芝生でお弁当を広げている親子もいて、のんびりできます。
皇居東御苑は、歴史だけでなく、花も楽しめる都会のオアシスです。

       皇居東御苑

クリックすると宮内庁のホームページにリンクします。
 皇居東御苑の花と木の様子をみることができます。


 


 


               
               
                      

 

   
                    

皇居東御苑 その1

 秋のさわやかな青空に誘われて、先日、外出してきました。
行き先は、勉強も兼ねて皇居東御苑
大手門、平川門、北詰橋門の発券所で、プラスチックの券をもらい、出る時に返せばよ
いのです。
(実際に行くときは、入園日・時間を確認してください。)

 1年半位前、梅の頃に来たことがあるけれど、全部は、回らなかったので、今回は、しっかり
歩く覚悟を決めて行きました。
この前も思ったけれど、外国人の姿が目立ちます。

  大手門 高麗門
               大手門 高麗門

           
                 渡櫓門
                            渡櫓門

                   枡形の広場では、団体さんがストレッチをしていました。    
                 高麗門から入った軍勢を、渡櫓門を閉じることにより、この枡形で
                 袋の鼠とするところです。

 今日は、三の丸尚蔵館は、お休みでした。左の方から剣道のかけ声が聞こえます。
そのあと、同心番所、百人番所、大番所と続きます。

  百人番所

 写真は百人番所。鉄砲百人組と呼ばれた根来組、伊賀組、甲賀組、二十五騎組の
四組が交代で詰めていて、各組とも与力20人、同心100人が配属され、昼夜を問わず
警固に当たっていたそうです。

                    富士見櫓
                       富士見櫓です。江戸城本丸では、現存する唯一の櫓。
                      三重櫓になっています。壕の外側から写真を撮った方が
                      きれいかもしれません。

   シュウメイギク
   展望台の下の方で見かけたシュウメイギク(キンポウゲ科)

 近くの売店で「みどりと歴史を歩く皇居東御苑セルフガイド」をゲット。
   
続きは次のブログに書きます。                        

ブログをはじめて2ヶ月以上が経った

 7月27日に始めたブログも今日が25回目の投稿となりました。

コピー、貼り付けも知らなかった私が、とにもかくにもブログを書く

一歩を踏み出したわけです。


 文章を書くことは、もう○十年もなく、年賀状すら一言添えるだけ

でした。コメントをするようになったのもつい最近からです。それまで

は読むだけでした。読み続けていたブログに今更のこのこ顔を出す

訳にもいかず、今は転校生になった気分で心機一転新しいお友達と

ごあいさつをしている感じです。


 ブログを書いていくと、このことも書きたい、あのことも書きたいと思う

けれど、なかなかまとまりません。とりあえず大きなおもちゃ箱を作って

その中に自分のおもちゃを投げ込んでいるような感覚でした。最近ブロ

グに対しても落ち着いてきたので、少しずつじっくり書いていきたい気が

します。といっても大したことが書けるわけではありませんが・・・。


 ジグソーパズルのピースを1つずつはめ込む作業をして、どんな自分の

絵が完成していくのか自分でもわからないけれども1片1片記事を書いて

いこうと思います。よろしくお願いします。
プロフィール

月見草

Author:月見草
熱中しやすい専業主婦
津軽こぎん刺しが好き

最新記事
コメントありがとう
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

09月 | 2008年10月 | 11月
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -


FC2カウンター
カテゴリ
  • 自己紹介(2)
  • パソコン(33)
  • 歴史・地理(29)
  • こぎん刺し(109)
  • その他の手作り(11)
  • 陸上(8)
  • 音楽(5)
  • べランダガーデン・花(45)
  • 読書(6)
  • 鳥(15)
  • 片付け(7)
  • 日々のこと(263)
  • 雑感(10)
  • その他(1)
最新トラックバック
ブログ内検索
リンク
こぎん刺しのお気に入り
陸上関係のお気に入り
国盗りカウンター
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR